靴のまんまはプロブレム

2011.11.18

今度は土足の問題に触れよう。土足の問題、これこそ日本の近代が直面した日常生活の大難題だった。靴や草履を外で履いているかぎり何の問題もないが、履いたまま家の中に入り、畳の上に上がると、一気にプロブレム。欧米はじめ世界のたいていの国はそうしているのに、日本においてはプロブレム。土足摩擦というか、この問題に日本人がはじめて悩まされたのは、今から百四十八年前の幕末のこと。開国をめぐるアメリカとの交渉の中でだった。

[おすすめサイトのご紹介]
JR総武線(幕張本郷)の新築一戸建て一覧
[ホームページ]
阪急神戸線(武庫之荘)の新築マンション一覧
[ホームページ]
JR総武線(船橋)の中古マンション一覧
[ホームページ]
東武東上線(みずほ台)の新築一戸建て一覧
[ホームページ]
JR中央線(東中野)の新築マンション一覧
[ホームページ]

今も昔も、なぜか、日本の国内の慣習が槍玉にあげられるのはアメリカとの交渉の時。黒船艦隊に乗って来航したペリーの一行は、開国を求め、下田で幕府との交渉に入る。場所は下田の寺。武装した兵士を引き連れたアメリカ人交渉団の一行は、日本側が厳重に警護する門を通り、玄関の前まで来ると、立ち止まりもせず、そのまま段板を踏んで式台(昔の格式ある玄関)に上がり、さらに進んで畳の上に踏み込み、そのままの勢いで畳廊下をズンズン進んで、座敷に入った。これが日本の格式高い玄関に、固い靴の底が板を踏むカンカンカンカン高い音が響き渡った最初の日である。畳の上を土や砂をなすりつけながら履物が通過したのもこの時が最初。欧米人は信長の時代にも日本に来航しているが、その時はちゃんと靴を脱いで上がっているというのに。顔に泥を塗られるというが、日米対決の最初のシーンで畳の面に泥を塗られてしまったのである。